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デジタル庁主導でデジタル教育を行うならば、倫理教育もセットで行うようにする @06864

1 2021/04/01 17:03 ID:6b5
日本では、世界に比してIT化/デジタル化が遅れ、それを挽回する為には教育を急ぐ必要があるという事は、多くの方々が認識されておられるかと思います。

只、その教育が単なるデジタルツールの使い方教室に終始しない為には、同時に倫理教育をセットで行っていく必要があると考えます。

昨今では、社会人でも、やって良い事と悪い事の判断がつかない人物が増えて来ているように見受けられます。コロナ禍で会合等の自粛を求めておきながら自らは深夜まで飲み会を行ったり、人を轢き殺しておきながら自動車の不具合の所為にするような人物も散見されます。

学生時代にテストの点が取れたからと言って、倫理的に正しい行いが実践出来るかどうかは別問題で、デジタル時代だからこそ、より高度な倫理感が求められると考えます。

特に、社会に大きな影響を及ぼしかねない政治家・官僚・経営者等の方々には、デジタル教育と同時に、倫理教育を受けて頂くようにすれば、やって良い事と悪い事の区別がつくようになるのではと考えております。
2hr2 2021/04/01 17:10 ID:6b5
賛成
高度な倫理観を持つ事が法的に担保されている情報処理安全確保支援士辺りに、倫理を教える役割を与えても良いかも知れません。
3UNZEN.JP 2021/04/01 19:39 ID:e15
教育勅語で十分だと思います。
4うぃず 2021/04/02 04:49 ID:536
倫理観と責任感がごっちゃになっていたり、法廷戦術の話を倫理の話にしてしまっていたりする感じがしますね・・・(^ ^;;;

自粛とそれを破る行為の話は、倫理観ではなく責任感がないだけの話だと思います。
ひき逃げ裁判の件は法廷戦術の話ですし。おそらく司法制度をある程度調べたら、司法制度批判に移行されるかと思いますヨ(^ ^;;;

やっていいことと悪いこと、というのは個々人の自我にかかわる話なので、そもそも他人と共有できるものではないです。
同調圧力というテクノロジーを振り回しすぎるのは危険です。
差別主義者の「配慮が足りない!」と同レベルになっちゃいますので。

自粛周りは「そういう行為をしたら自分たちのグループの信用が落ちて職責を全うできなくなるでしょ」という点で責任感があれば防げる話だと思います。
法廷戦略については、日本の司法システムを大改革しない限りは、どれだけ倫理教育しようとも効果はないと思います。(これは相当に難しいです。世界最高峰のシステムを作らないといけないので)

また、政治家に限らず国民全員が倫理教育受けることが必要かと思います。(^ ^
5hr2 2021/04/02 15:31 ID:6b5
賛成
同調圧力というのは、不正が発生した時に問題になって来ますね。
日本は法治国家ですが、実態は個別封建制の組織体制になってしまっています。
又昨今の日本的組織の中では、集団極性化、特にリスキーシフトが進んでいるようで、大戦末期の軍上層部に近い物を感じます。

普通の人々のエンゲル係数の大部分を占めるような食事代が平然と出ている例もありました。官民癒着はしないようにする事はルール化されている訳ですが、実際そうした行為が罷り通っている訳です。ルールは下々の者に守らせるべきものであって、自分達はその管理下にないと考えているのかも知れません。

倫理をセットで学ぶというのは、政治家・官僚・経営者の方々には、口での立派な講釈ではなく、実際に行動で示して頂くのが良いというのが主旨です。犯罪学の「不正のトライアングル理論」でいう所の、「自己正当化」をさせないというのが重要となります。倫理教育をデジタルで実施すれば、時間・場所・費用等で利点があります。
6ただびと 2021/04/02 17:56 ID:e7d
賛成
最近のSNSはそんな感じに見える。同調圧力かっこよく言うとstand-aloneコンプレックス?
みなコロナ(コビット)にやられているのでしょう。
未来を見据えたら絶対必要だと個人的に思う。配慮しコメントをしませんでしたが、1つぐらいコメントしでも良いかなと思いコメントしました。
でわ。
7UNZEN.JP 2021/04/02 22:09 ID:e15
>>5
同調圧力の背後にあるのは日本的な「連帯責任」論ではないでしょうか。戦時中の出来事はいろいろ参考になります。反面教師として。また今でも日本の中に残る危険の種として。

私は基本的に倫理や哲学は、過去の思想やその変遷を整理しただけの「学問」「評論」に過ぎないと思っています。学校ではそれ以上は教えることができません(中国などの共産主義国は別ですが)。教科になればさらに成績に関係して来るので、「建前」しか教えられないところに「建前」でしか回答しない生徒を量産するだけだと思います。

これは性教育と似たところがあって、プライベートなものを公的に教えるとなるとどうしても形骸化する運命になるのではないでしょうか。深入りできない。
善悪の判断、行動の慣習化は個人の内面の問題になります。

ただ、基本的な「行動規範」を示すのは大事(絶対必要)だと思います。
なので「それなら教育勅語(現代版)でいいんじゃない?」と思いました。結論だけを書いてしまい、失礼いたしました。
8うぃず 2021/04/02 23:26 ID:536
同調圧力に関しては単なるテクノロジーなので、それ自体に善悪はないです。法治国家の法律も同調圧力ですので。
同調圧力なしで「規律・秩序のある」組織や集団を形成できないのが人類の現時点での水準なので、同調圧力の存在自体は否定すべきではなく、その濫用に焦点を当てるべきかなと思います。(^ ^;;

元アイデアでいう「倫理教育」がどのようなものなのかがちょっとイメージできていないですが、仮に「倫理教育」によりコロナ禍で会合等の自粛を必ずするようになるというのであれば、それは単なる洗脳になります。

>>7 でも述べられていますが、倫理とは「善悪とは何か」といった倫理判断を研究・共有するものであり、「こうするのが正しい」ということを強制するものではないです。
倫理教育を受けたうえで、それをどのように生かすかは別問題となります。
そのため、一般に言われる倫理教育をしたところで、「国民から批判され、上司などからも何やってんだ!と怒られている」状況でなお繰り返すような人をどうにかできるものではないです。

文字数足りなくなってきた・・・
9うぃず 2021/04/02 23:33 ID:536
(続き)

同様に、「自分一人くらいなら」とか「自分は例外だ」といった考えを否定させる幼なことが、倫理教育でできるわけではないです。(そういうことをやるとみんなから吊し上げされるよ、と諭す程度です)


元アイデアで述べられている「会合自粛を求めておきながら自分たちは会合を好きにやってる」という点は、人格否定を行うのではなく、責任を問うのが筋かと思います。
そういった行為をした人を「ふさわしくない」として排除できるルール作りと適正にそのルールが運用されることが重要です。

思想の自由が憲法や法律できちんと保護されると明示されている以上、個々人がどういう判断をするか、どういう判断をしたかを否定・批判することは本来筋違いです。
判断の結果として行った「行動」が何か問題をもたらしたのであれば、それに対する責任を負わせることが重要です。
それらはきちんと憲法や法律や条例などとして「明文化」したうえで、「こういうルールを実施します」とあらかじめきちんと周知しておくことが重要です。
10うぃず 2021/04/02 23:39 ID:536
(続き)

明文化されていない、拘束力のない約束事である倫理観だけで、物事を「正しく」動かそうとするとうまくいかないことが明らかなので、多くの国が法治国家として法に基づいた社会を作っています。
ですので、法のもとでしっかり不適切な人物が椅子に座ることを防ぐのが重要かと思います。

政府の信頼を失わせるような行為を行っていながら、それに対して「余人をもって代えるべき」という判断がなされないことを問題視すべきかと思います。
仕組みやシステムの問題から目をそらして、個人に対してモラルのない人だとか、常識がない人だとか、人格攻撃に終始しても何もよくならないと思います。(^ ^;;;

人を作り替えるのではなく、作り変える必要のない人を任命できる状況にならない限り、イタチごっこで「倫理教育」なるもので矯正する項目がネズミ式に増えていくだけかと思います。
11UNZEN.JP 2021/04/02 23:59 ID:e15
>>8
>同調圧力に関しては単なるテクノロジーなので、それ自体に善悪はないです。法治国家の法律も同調圧力ですので。

一般に言われている「同調圧力」は内部的、心理的な圧力であり、法によるものは外部的な強制力だという点が異なります。
テクノロジーではなく、心理学の問題です。
興味があれば「共同幻想論」などお読みください。心理学というより本能的迷信? というのが近いかも。

デジタル時代になって行動規範が誰にも見えなくなっているので、そういうルールやマナーの統一的な確立と周知は教育上もあっていいかなと思います。
空気も読めずに無意味な短文を書き散らして、自分はいいことやってあげてると勘違いするような人が少しでも減るように。

※校則のようになってもらっては困りますけどね。
12うぃず 2021/04/03 00:07 ID:536
>>11 えっと、法律も「みんな守って当然のもの」というものとして存在していて、守ることに同調するように圧力がかかっている状態ですので、同調圧力というテクノロジーを使用したものといえると思ってます。

校則や村社会的なものに限らず、人類が組織を作り組織立った行動を取るためには、どうしても「協調性」を持つことが不可欠になってしまい、それを手軽に得るための手法として、同調圧力がこれまで利用されてきていて、これから先も当面は利用されていくものと思います。

いわゆる行き過ぎた(濫用状態の)同調圧力は悪になりえるものの、協調性ゼロの状態、つまり「協力なんてしないよ」という人に対して何ら圧力がかからない状態で、人類が多数集まって組織的行動をとるのは無理だと思ってます。(^ ^;;;

「そういうルールやマナーの統一的な確立と周知」という点はまさにそうだと思います。
法律や条例などと同じく、きちんと明文化して明確に教え伝えたものをベースとすべきで、いわゆる「空気を読む」形での運用は確実に分断や不信や反発を多数招くと思ってまっす。(^ ^v

そういう意味で、民意辞典(ry
13UNZEN.JP 2021/04/03 00:39 ID:e15
>>12
「個と全」の問題については以前見解を書きました。日本人の先祖は海を渡って来たので航海という共同作業を成功させるために適した「協調」の遺伝子(習性)を持っている(と、同時に開拓者でもある)だろうというものです。

思考実験ですが、法を執行する権力がない場所での社会性はどう保てるのか。例えば火星に少数の人間が移住したとして、そこで法は守られるのか。法だけで秩序は維持できるか。
できません。それぞれの人の心の中に倫理がなければ秩序は成り立ちません。この一つの解決方法が宗教です。キリスト教は「誰も見ていなくても神様が見ている」ことで心理的にルールを維持します。火星でも神様は見ていますから。日本では「お天道さま」という習俗的な規範がありました。

これは実はネット時代の大事な問題なのです。私たちはたいてい、一人で個室でパソコンの前に座ってこれを読み書きしています。スマホでも手元の画面にのめり込んで「ひとり」の世界から対峙しています。自分の中に自律的なルールを持たない人は、本性をあらわにして好き勝手なことをします。
匿名でバレなければ「法」も行動を束縛できません。秩序は破綻します。
14うぃず 2021/04/03 03:22 ID:536
>>13 本題から外れてきているので消される可能性を考えつつ続けてみまっす(^ ^;;

周囲と合わせる和を尊ぶという点は、生物学的な遺伝子というよりは社会的遺伝子、いわゆる風習とかそういった方面によるところが大きいかなと思ってます。

そのため、日本人という生物学的な遺伝子を持っているだけでは、それほど和を尊ぶ人間になる偏りは生じず、日本という社会で育つことのほうが影響が大きいかなと思います。

そのことは、これまでの日本から風習が大きく変わりゆく中で、和を尊ぶといった習性が薄れることにも繋がり、ノーコミュニケーション(空気を読む)での社会維持は困難になり、明確なコミュニケーションに基づく社会維持が求められるようになるかと思いまっす。

そういった中で、個々人の自由を尊重し、違いを尊ぶ社会におけるルール作り、システムづくりが求められていくかなーと思ってます。

これまでのような、言わなくてもわかるでしょ、は通用しなくなる世の中ですね。

その世の中では、これまでのような思考停止では生きていけず、法律やベースルール(正しい意味での常識)をしっかり勉強し生かす能力が必須になると思います。
15うぃず 2021/04/03 03:30 ID:536
そして話を少し本題に戻すと、結局のところ会合問題などは
 ・「それを行うとどういう影響があるか」ということをきちんと考える責任を意識できていなかった
 ・意識はしていたが「些細なことで問題視されない」と思っていた
 ・問題視されても(自分には)実害はないと思っていた
といったことに帰結するのではないかと思います。

これらは倫理観ではなく責任感・思考力に類する問題であり、善悪に基づくものではないため、倫理教育というものを行ってもさほど効果がないのでは、と思います。

人間の意思決定は倫理が大きなウェイトを占めていないことが、スタンフォード監獄実験や、トロッコ問題をベースとしたサンダルっぽい名前の教授の授業などで分析されています。

なので、倫理の部分だけを教育しても大きな影響が期待できない点もあり、その上「やっていいことと悪いこと」を全パターン暗記させるようなやり方では、イタチごっこになるかと思います。

暗記ではない、学問としての倫理学のように、「ある物事をどのように考えるべきか」というものは、あくまで学問ですので、教育してもそこから出るアウトプットは人それぞれになってしまいます。
16うぃず 2021/04/03 03:36 ID:536
>>15 文字数が足りなかったので書けなかった分を追記です。

意思決定に関しては、
 ・過労自殺問題
 ・双極性障害(躁うつ病)
 ・匿名化における攻撃性・モラル逸脱の増大
など、倫理観以外の要素(身体的な疲労度合い、体内ホルモンの状態、周囲の状況)などが強く合わさっていることが判明してきていますので、「倫理教育さえすればどんな状況下でも間違いは起こさない」とはならないと考えます。
17UNZEN.JP 2021/04/03 03:54 ID:e15
>>15
コロナ禍での会合問題は、社会的な大きな同調圧力と、職場の仲間という小さな同調圧力の綱引きの中で、職場仲間の身近な圧力が優ったということでしょう。(大きな、小さな、はこの場合単なる範囲の意味で、強さではない)
責任感と言えば社会的責任感より、仲間内の礼儀または馴れ合いを維持する責任感が強かったのでしょう。嫌々参加していた人もいたはずですよ。

ただ倫理教育、道徳学習などで、このような場合に自分はどうするかをシミュレーションさせる、その経験を持つのは良いことではないかな? 成績として評価するのではなく、思考・判断を経験させておくのは、いざとなった場合に役立つかも知れません。
そういう形でおおまかな判断の方向性を身につけさせる方法はあるのではないでしょうか。(つまり会合に誘われた場合に参加する・しないの選択がありうるという経験)
ただ、学校自体が閉ざされた「小さな同調圧力」によって秩序維持されているので・・・どこまでやれるかは疑問もあります。
18うぃず 2021/04/03 03:58 ID:536
>>17 経験を持つことが有意義なことには同意したいと思います(^ ^v

あくまで、それだけで解決できる話ではないので、ほかにも考えることはあると思いますよ、的な感じの意見になりますー。


ちなみに、倫理的な考えの経験を持つのは政治家に限らず全国民に有意義なので、 >>4 の最後に書いたように、国民全員がそういうことを考えることの重要性や、どうやって考えればいいのかということを、一度は(できれば定期的に)体験することが必要かなと思ってます~(^ ^v
19UNZEN.JP 2021/04/03 04:06 ID:e15
>>18
防災訓練みたいにですか。
「倫理の日」を制定するとか? 面白いけど。どんな訓練するんだ?
20うぃず 2021/04/03 04:13 ID:536
>>19 時事ネタをベースに討論してみるとかですね。

ワクチンをどう分けるべきか、とか。

モリンピックの件は、どうあるべきだったか、とか。

その時々で、討論の題材に選んでも大丈夫なものは随時供給される世の中ですし、話題には事欠かないと思います。大人になるって悲しいことなの!

重要なことは、
 ・自分の倫理観に基づいた意見を外にアウトプットする
 ・他人の倫理観に基づいた意見を外からインプットする
という点ですね。
この経験だけでも定期的に積むことは、正しい意味でのコミュニケーション力の育成にも僅かですがつながりますし。

そのうえで、「(自分と大きく異なる)他人の考えを、コミュニケーションに基づいて理由を探り、その理由をきちんと理解する」というところまで行ければ、日本はだいぶ良くなると思いますね。(^ ^
21UNZEN.JP 2021/04/03 04:15 ID:e15
>>20
とりあえず同意。そろそろ寝る。
22hr2 2021/04/03 09:07 ID:6b5
賛成
白熱した議論、有り難う御座います。

倫理に関しては、情報処理安全確保支援士の「法定講習」でも、毎年のように学ばなければならないようになっております。
経営者が不正をした時にどのように振る舞えば良いのか等、有資格者個々人が考える(考えさせる)というものです。その意味で言えば、倫理に関して色々議論するのは正解かなと思います。

又応用情報技術者の国家試験でも、倫理に関して、実際に出意題もされております。情報処理技術者は、「不正のトライアングル理論」、「集団浅慮(集団思考・グループシンク)」、「集団極性化現象」等、心理学や倫理学についての知識も必要とされているのです。

無論、他の士業や専門職でも、「倫理綱領」という大前提が必ずと言っていいほど規定されていて、倫理に基づいた行動を行うように求められています。

このように、常に倫理について学び考えている専門職もあるのです。これと同等とは言いませんが、定期的に学び考えるという事は重要かと考えます。それをやらない人が問題を起こすのですから。
23UNZEN.JP 2021/04/03 12:21 ID:e15
>>22
>倫理に関しては、情報処理安全確保支援士の「法定講習」でも、毎年のように学ばなければならないようになっております。
それは存知ませんでした。そのような文書はどこかで目にした覚えがありますが、義務化するのは必要なことですね。ある意味クラッカーや犯罪者と違うのは、そのようにきちんとした規範が遵守されているからだとも言えます。
うぃずさんとはもっと広範な範囲の話になってしまいましたが、教育上も何らかの「規範」の設定は必要だと思うに至りました。せめて「やってはいけないこと」が分かっていれば、心理的ブレーキがかかるので効果はあると思います。
認識を新たにする機会をご提供いただき、ありがとうございました。

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